であるということ

言語が観念を在らしめ、観念が認識宇宙を成すならば、絶えざる言語化の作用によってのみ存在の輪郭は規定される。だから、私は「であること」を失うのが恐ろしい。「であること」が私をして在らしめるからである。何かでなければ、それは何でもないのだ。