GLOCOMセミナー「 『仮想経済』の世界:仮想と現実の出会い 」に行ってきた。
会場は六本木ヒルズのふもとのGLOCOM研究所。最近六本木によく縁があるな。
山口先生の講演
まずは、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部助教授の山口浩先生による講演「ゲーム内経済学: 仮想と現実の出会う場所」。
ゲーム内経済学というのはそのまま、ゲーム内の仮想世界で起きている経済現象に対する経済学的アプローチ。対象としてはMMORPGが典型的。アメリカでは"In-game Economics"という言葉がそこそこ出てきているけれども、日本では"ゲーム内経済学"という言葉はまだほとんど使われていないとのこと。けれども、
- やりとりをし、活動する一定のグループ
- 希少性のある資源の分配をめぐる人間の行動
という対象があるとき、そこで起きている現象を捉え、分析しようとする行為は確かに経済学と呼べるものである、と経済学の教科書的定義を引いて述べていた。
- 行為者たる"ヒト"
- 分配対象となる"モノ"
- 価値の基準、媒介、保存をする"カネ"
- 取引の成立する領域たる"バショ"
- 満足の基準(効用)
- 交換の仕組み(市場)
これらをそろえているMMORPGのようなゲーム内世界では、経済圏と呼べるものが成立するという。また、MMORPGが空間、人間関係、自己像(キャラクター、アバター)、商取引を有すること、一定の没入感をもたらしそれが世界であると認識されるモノであるとも指摘する。ゲームは「仮想世界」なのである。 特に、Second Lifeなどでは運営サイドもこれを強調する。
MMORPG経済とは
ゲーム内の経済はMMORPGにおいてこそ顕著である。多くのMMOPRGが商取引機能をゲームの重要な機能としてサポートしている。また、(GMによる)官制の市場ではなく、自然発生的に取引が行われる市場が存在している。モンスターのよく現れる場所に必要なアイテムを売りに来る商人が発生するなどもある。価格は需給に応じて決まる。MMORPGにおいては、その世界の現実とは異なる特徴から、その中の経済に関しても独特の性質が発生する。
MMORPGの経済にはいくつか、現在の現実の経済とは異なる特徴がある。(多くのゲームでは、)
狩猟採集による生産
- 土地所有がない
- 農耕はない
- モンスターを狩ることが富の源
- それを加工する工業、取引する商業が存在する(NPCもしくはPC)
発達した通貨システム
- 基本的に通貨の偽造はなく、中世的世界観であっても極めて通貨の信頼性が高い
産業構造は前近代的
- 家内制手工業
システムによる恣意的な部分を有する
- その内部で取引が閉じている
- 固定価格のアイテムがある
これらの結果として生じるのがMUDflationである。これは基本的にはinflationである。プレイヤーが限りなくプレイを続け、キャラクターが限りなくモンスターを倒し続けることにより経済圏内にリュ通する通貨は増え続ける。これによりインフレーションが発生する。
ただし、異なるのはアイテムの流通量も、特に入手の容易なアイテムほど増え続ける。これにより低レベルのアイテムは実質価格が下落する。また、一部のアイテムはNPCにより固定価格で販売されるため、インフレーションに伴い著しく実質価格が下落する。
このような状況をもたらすのは、MMORPGのルール上の問題による。
- レベルアップにより急速に所得が増加する
遊んでいてレベルを上げる過程でどうしてもアイテムを取得してしまう。構造的に過剰生産である。
- レベルや所得がモンスターを倒すというプレイ行為に伴ってしまう。
アイテムは基本的には壊れないので過少消費である
- 生活必需品の消費も必要ない
- (最近は壊れるルールもあるけれども)
通貨が運搬に便利なので過剰貯蓄になる
- マネーサプライを制御する方法もない
人々の能力が現実よりも急速に向上する(ドラゴンポール経済と呼んでいた)
- 能力差はプレイ時間に強く依存する。
- 知恵や技術による挽回や抑制が掛からないので、プレイ時間に応じて人々の能力がどうしても向上してしまう。
誰でも品質の心配なく生産活動に従事できる。過剰生産となる。
必ず換金できる。過剰生産となる。
- 拾ったリンゴでも売れる
最近では運営会社はこうした欠点をカバーするためにアイテム課金のような制度を取り入れ始めている。
また、ゲーム通貨と地域通貨の類似点も指摘された。
発行量を決めるのはプレイヤー
- 労働が通貨の発行をもたらす(アイテム取得)
利子が存在しない
- 合意したコミュニティのみで通用する
この結果として通貨は発行され続ける。一方、利子も融資もないのでマネーサプライの制御は不能。
これらの問題点はすべてゲームデザインからの要請である。
- 誰でも楽しめる
- 飽きさせない
- システム上の負荷を小さくする
こうした目的から設定されているものであるが、それがゲーム内経済の混乱をもたらしている。 これを解消する方策として山口先生は次を挙げた。
- 農業政策: モンスター出現率を下げたり、強さを引き上げたりすることで生産を減らす
- 公共事業: NPCサービスの料金を引き上げる
- 労働政策: レベル上げとアイテム獲得を分離する。職業選択の自由。固定給制、労働時間の制限
- 経済政策: 生活必需品を導入する。アイテムの耐用年数や賞味期限を設定する。流行を発生させ、モデルチェンジ、古いアイテムの陳腐化を起こす。
- 移民政策: 新しいユーザーを増やして一人あたりの量を薄める。古参ユーザーを新サーバーに誘導して経済の若返りを図る。
ガンホーにおける2006年の元社員によるゲーム内通貨「ゼニー」不正作成/転売事件においては、ゲーム内通貨が急増することでインフレが加速したが、次の対処によって収束が見られた。
- 不正流通ゼニーを回収することで全体量を減らす
- 消費型/期間限定型のアイテムを販売することでゼニーの消費を促進
- アイテム流通量を増やして相対的に価値を下げ、アイテムの高値感をおさえる
リアルマネートレード
リアルマネートレード(RMT)とは現実の通貨によるアイテムやゲーム内通貨の取引。ほとんどのゲームではこれは禁止行為であるが絶えることはない。これを通じて現実の経済にゲーム内経済が相互作用する。
日本の市場規模は150億円前後、米国・韓国では1000億円以上。中国では50万人以上がRMTのためにゲーム内で労働している。
RMTは一種の貿易である。現実世界で高い収入を得られる人が、仮想世界で高い収入を得られる人からゲーム内の財産を買っている。これは比較優位に基づく貿易である。ただし、禁止行為であるためにもっぱら密貿易として行われている。
RMTの存在は現実通貨を使ってでもアイテムを手に入れたいほどゲーム内の財産が魅力的であることを意味する。
RMTを原動力として次のような現象が発生している
- 企業の発生。アメリカなどでは人を雇ってゲーム内で労働させる事例がある。
- 国外の労働者を使ったアウトソーシング、BOTを使った生産の自動化などが発生
貨幣流通量の増大
- MUDflaton
- 現実-仮想の為替相場が下落
RMTは、必然であるという。
- ゲーム内に経済が存在すること
- キャラクター、生産活動、アイテム、通貨の設計
- 本人確認、セキュリティの仕組
- 現実通貨を使ってても欲しいほどゲームがおもしろいこと
これらの要因から必然的に発生するものであり、善し悪しは別として、禁止すればなくなるものではない。そこで、もし、RMTと共存するとしたらどうするか。
経済政策:
労働政策:
- 能力アップに技や知恵、知的な対話を必要とする仕組みを導入。時間を掛ければ自動的にレベルが上がる仕組みを弾力化する
- 商人を免許制とする。
移民政策:
- ここはよくわからなかった。
為替政策:
- どうしても"Real Money"との取引が嫌だというなら、他のゲーム内通貨との間に外国為替を導入。仮想世界観で流通させる。
仮想経済と経済モデル
MMORPGのほか、ポイントプログラムにおけるポイントの経済、予測市場(ニュースの予測に対する先物市場)における仮想通貨など、様々な仮想経済がある。
- これまでは労働時間はすべて現実世界に充てるほかなかったので、経済における予算制約は問題となっても時間制約は問題とならなかった。
- 仮想世界の台頭により、人々はどの世界にどれだけ時間を割り当てるのかという戦略判断を迫られている
何が労働であるかは世界により異なる
- MMORPGにおいてはモンスターを倒すことが労働である。
ネットオークションにおいては買い物をすることポイント取得というである。
- 買い物というより、その過程やポイントを得ることを楽しんでいるユーザーの存在
仮想世界は独自の法則があるので、現実世界の仕組みが最善とは限らない。
- 賃金の仕組み、通貨の特徴
仮想世界が社会活動の場となれば資源配分のルールを変更できる可能性がある
- NEETは現実世界では労働者でないが、仮想世界では生産に従事できることもある。
労働を楽しみめる時代?
オンラインゲームと社会システムの実験と実行
続いて、GLOCOM主任研究員 鈴木健さんによる「オンラインゲームと社会システムの実験と実行」。
現実とゲームがリンクすることにより、ゲームが社会実験として機能する。いや、社会そのものを駆動するかもしれない。
現状把握
リアルとネットはしばしば対立的に描かれ、ネットは現実と異なるというイメージがある。しかし、世界は現実しかない。起きているのは新しいテクノロジーにより現実が変容する現象である。ネットワークがユビキタス化すると、ネット社会は意識する必要がないはずだ。自動車により変容した自動車世界こそが現実であり、今更自動車社会という言葉を意識しないように、いずれはネット社会という言葉も意識されなくなる。
Second Life
ゲームというよりは仮想空間提供サービス。現実とのリンケージが高い。User数100万人を突破。年間100億円の売買が動く。3D仮想空間でオブジェクトをモデリング、プログラム可能な自由度がある。
すでにSecond Life内のビジネスに対するコンサルタントも出現している。また、世界で100人ほどがSecond Life上で生計を立てている。
Mozaic, Mozillaのころに似た熱狂がある。これから、3Dに対するブラウザのデファクトが出現するのではないか。
DELL, IBMがSecond Lifeで製品発表。ロイターが支局をおいてニュース配信
Secod Life APIで仮想世界のイベントと現実世界のイベントを同期できる。仮想世界で人が訪ねてくると携帯が鳴ったり。
Amazon mechanical turksと連動させるなどの案。人間が得意な処理を市場に流して自動取引し、処理させる。GEETが出現する可能性。
認識の変容
ネットオークションだってゲームとしての楽しみがあるけれども、3D空間のリアリティは大きい。物理空間との間に対応があるというのでは意味がない。そのものではなくてはならない。3Dの没入感。あとはヒューマンインターフェースの問題である。
Web 2.0は技術の変化ではなくユーザーの感覚の変化である。技術としては10年前にあったが、
- 一定のプライベートを晒すのが一般的な行為になった
- ハンドルを付けて活動するのがそれほどオタッキーな行為ではなくなった
というところからWeb 2.0が出現した
3Dは認知性における変化。
仮想世界経済の5つの段階
- 3d 仮想世界経済はリアルな経済とは関係ないお遊び
- 3d 仮想世界経済はリアルな経済に従属する ← いまここ
- 3d 仮想世界経済はリアルな経済と同じことが起こる。
- 3d 仮想世界経済は、仮想世界の法則を制御できるから、リアルの経済とは異なることが起こる。
- 3d 仮想世界経済は、仮想世界の法則を制御できるので、リアルの経済全体を変えてしまう。
これから、3D空間で実験をして、現実世界に連動・応用する例が出てくる。仮想世界は金融工学やオベレーションズリサーチの実験場へ。
PICSY
鈴木さんによる実験。通常の決済貨幣(SECSY)に対して伝播投資貨幣( PICSY )という。
PICSYにおいては
- 販売相手がより高い付加価値を生めば、その価値が販売元に還元される。
貢献度に応じて購買力を与える。
販売とは投資である。投資した相手が高い価値を生めば自分の購買力が増す
医者の例 。従来の経済では、病状を長引かせた方が儲かる。PICSYにおいては、医師の得る対価は病気の回復による患者の価値生産増大に比例する。早くなおした医師が儲かる。
実装上は、貢献度をフローと見なして、グラフの隣接行列固有ベクトルを求めれば良い。PageRankと同じである。
素朴なやり方ではP2Pな取引となって、グラフの組み合わせ数が爆発する。そこでカンパニーをつくる。組織は内部に富を更に分配。対組織の取引と見なせば爆発を抑えられる。
組織を仮想化。組織に入ってきたフローが蓄積されることなく、個人に分配される。究極の個人主義。
また、従来は自分の給与を上げれるには、会社という部分を最適化するしかなかった。社会に害をもたらしてでも会社の利益を上げた方が給与が上がりやすかったが、PICSYなら、社会の全体最適化をしたほうが儲かりやすい。
コミュニケーション力学を変える。
- 従来はお客様は神様だった。 → 売り手は商品/サービスを投資する
- 実際の買い手の効用はどうでもよかった。錯覚でも。 → 効用があった気分にさせてもだめ。効用をもたらさないと売り手の持っている通貨の価値が増えない。
- まずはゲーム通貨として導入。
- 社内人事評価システムとして導入。評価の高い人からの評価は高くする。株式会社はてなでボーナスの査定に利用したが、あまりに酷であるという意見も。
- communityのpeer reviewに利用
- いずれは貨幣システムとして導入したい。300年後くらい掛かるか?
ゲーム内通貨としてのPICSY
- インフレの抑制: マネーサプライの総計は人口に比例。
- ゲームを続行させるインセンティブ: 初心者を狩るよりはサポートした方が自分に価値が伝播して自分が儲かる。初心者にゲームを継続するサポートに。
対談
価値の基準は貢献度? PICSYは基準とはなっていない?
通貨と通貨じゃないものは曖昧(鈴木)
ポイントは通貨か?
オープンループ、利用してもポイントが回収されないと、通貨?
紙幣は手形が起源。pointはまだ手形。point間の流通が始まると通貨といえるのでは? (山口)
PICSYの利用は、株の発行みたいなもの。電子化すれば可能? (鈴木)
- 教育に対して有効? 有望な学生には教育しておきたいとか。(鈴木)
教育ローンを、所得連動型ローンにするプランはある。ある意味derivative (山口)
これまで当然と思っていた社会は必ずしも当然ではない
金融工学、オペレーションズリサーチの人の活躍の場が広がる? (鈴木)
ゲーム内経済をマルクスと結びつける人(山口)
彼ら曰く、オンラインゲームの中の労働は(資本によって)疎外されない労働である。
TODO管理の事例
TODOをこなすと経験値が上がるシステム。
- レベルアップすると音が鳴るシステム。
経験値とともにお金も貯まる。お金でAmazonからかえる。 (鈴木)
Second Lifeを媒体として歴史教材として利用する事例(山口)
もはやゲームではなくplatform
博物館が作られたり
Alan kayに近いのかも。
- wikipediaですら、啓蒙主義初期の百科全書のコピーに過ぎない。(鈴木)
質疑応答
- 説における労働、活動、仕事の定義は? どこが新しい? 選択肢が増えただけでは?
- (山口)伝統的経済学においては労働は楽しみではない。経済の目的を楽しみにおいた経済学はなかった。経済学の性格を変えるものになりうる?
(鈴木) 認知上の問題は意外に重要。色一つで人の行動が変わる。ゲームという感覚を持ち込むことで変わる。
意図的か意図的でないか。働いているという感覚はないが結果的にお金が入ってくる場合。
ポイントは、普通はディスカウントととらえるはず。囲い込みの目的だったはず。じゃあ、共通化する動機は? どこかで企業は気がつくのか? 流れができてしまって、降りられなくなるのか。そこにネットが関わるとどうなるか
- (山口) point間でaggregationが始まると、ディスカウントとしては解釈できなくなる
- (鈴木) 他の業種に広げるのは囲い込みになる でも、同業種は囲い込みになる。認知的なものも含めて微妙な変換コストでカバーするだろう。
- 経済学におけるrational choiceはどうなってるの? 認知的とか言っても、それは予測不可能では?
- (山口)経済がrationalだけで動いていないのはみんな知っていたが、経済学者は見ないふりをしていた。いま、最後の砦が崩れようとしている。もはやirrationalを考えないといけない。
- ゲーム内インフレはなぜまずい?
- 山口: ただのインフレなら問題ない(ハイパーインフレは別だが) でも、一部の商品は固定価格だから、バランスが崩れる。
- 所有しているお金の価値が減るのでインセンティブが減る。ユーザーの不満要因にならないなら無問題だが、実際にはしばしば不満となっている。
- 楽しめる労働と言っても制度化されると、楽しみから離れていくのでは? 今は、新しく発見された労働だから、楽しめる層と均衡しているだけでは?
- (山口) 「楽しい仕事は給料やすくても良いじゃないか」現状はむしろ逆。楽しくて、やすくても人が集まる職に高給を払うのは果たして合理的か?
- ネットとリアルの決定的な違いは自動化の可能性。RMTとの共存は可能だけれども、BOTとの共存は可能か?
(山口)共存するとすれば、お助けBOTはあってもい。
人間的知性作業こそをゲームの中心にする?
感想
経済は素人なので質疑応答のやりとりは理解できない部分もあったけれども、講演は平易に話してくださったのでお二方ともわかりやすかった。
山口先生に「はてなの換金停止は 円本位制の脱却と見ている のだが、今後そういうことは起きるか」と訊いたところ、「ポイントは潜在的には負債でもあるのであれはリスクを下げるという面もある。金本位制を廃したように、仮想経済が現実の経済から分離する現象もこれからも起きうる」という。