トリックスターズ

やられたと思った。「そうか、ミステリーか」と思った。

帯の煽りに依れば「推理小説を模った魔術師の物語」だそうだけれど、私はそう思わない。この小説の魅力は、「ファンタジー作家が書いたミステリー風味のライトファンタジー」ではなく、「ミステリー作家が書いたファンタジー風味のライトミステリー」であるところにある。

なるほど、これを本格推理といったら怒る人がたくさんいるだろう。変則過ぎるし、必ずしも手がかりを完璧な形で提示している訳ではない。でも、Web上の書評を見るに「こんなのはミステリーではない」と言ってくれる人がいる程にミステリーなのだ。「ミステリー風味のライトファンタジー」にそんなことを言ってくれる人はいない。

トリックスターズ (電撃文庫)

トリックスターズ (電撃文庫)

ここで、私のかつての野望を語らせてほしい。すなわち、ファンタジーからの任意性の排除だ。小説にあって非科学現象を認め、まして人間がそれを操ることなど許したら原理上は何でもできることになる。ミステリー的な視点でみれば、それは読者に対してフェアでないのだ。だからこそ、ファンタジー作家は努力する。物語を導き完結させるための現象を超越者たる筆者が任意に設定し、生じせしめられるという点を読者の視点からどうやって排除するのか。あるいは排除しないのか。

  • 例えば、「ゲド戦記」は魔法を行使しないということを以ってかなりそれを実現する。しかし、文学としての完成度は別として任意性の排除という点に付いては同シリーズは徹底してはいない。
  • 例えば、多くの作家は魅力的な魔法の数々を示すことによって読者を黙らせる。
  • 例えば、多くの作家は心理描写や人物描写によって物語としての魅力を引き出し、任意性を差し引いても価値ある物語を作り出す。
  • 例えば、任意性の解決を放棄する。御都合主義上等と。

また1つの方法は、厳密な魔術理論を読者に提示することで魔術の行いうる限界を暗黙に示し、もって任意性を排除する。私は魔術に対する保存量の導入、魔術現象の前後における対称性を導入し、それに基づく神話体系を建設しようと試みた。ベビーユニバースのように、保存則を超越する手段としての世界の創造と神々の振るまいを定義した。作用に対しては反作用が存在しなくてはならない。

しかし、体系ができあがってもそれを元に任意性を排除した物語を築くことができなければ私の野望は完成した物とは言えぬ。私はまた、とあるライトファンタジーの優れた魔術理論設定を元に、そこに意味概念の保存量を導入し、古典物理を真似ることで作中の物語(観測された事実)を説明する方程式を導き、部分的には望みを叶えた。

そして、『トリックスターズ』である。「そうか、ミステリーか」と思った。私はそれまで気づいていたなかったのだが、私の求める任意性の排除、読者へのフェアネスを追求する形式こそがミステリーなのである。故に、任意性排除の証明はミステリー形式を構築することで完成され得る。私が望み、力及ばなかった証明を斯くも完成し、しかも小説として魅力的な作品を提示する作者・久住四季に羨望を禁じ得ない。

トリックスターズ』は非常に挑戦的・実験的な小説であると思う。同書は、魔術現象の実在する世界にあって如何にしてミステリーを成立させるかに挑戦している。私はその挑戦を称賛する。

1つだけネタばれをする。「ミステリーである」。すなわち、決定的な反則はない。「読者への挑戦状」が載っているほどにミステリーである。私は、「もしかして、これは外れを買ってしまったかも。反則を使うつもりかも。所詮は電撃文庫だし」という可能性も含めてドキドキさせて貰ったので、この文を読んでいる方にちょっとだけ申し訳ない。

作中の魔学理論には、正統なオカルト知識に基づくそれなりの設定がありそうでありながらも、作者は設定を多く語る愚を犯さない。それでいて、トリックを推理するのが不可能でないだけの魔学の知識が提供される。完璧ではない。いささかヒントが不足していて、全てを推理することは不可能かもしれない。実際、そう指摘する読者もいる。

私は古典的トリックの変形であるいくつかしか見抜けなかった。でも、御都合主義はどこにもない。全ては、十分ではなくとも読者の前に提示されている。任意性を排除して魔術が小説足り得ること、それは証明された。ミステリーという形態によって、証明された。 『トリックスターズ』は「ミステリー作家が書いたファンタジー風味のライトミステリー」である。